解放とは、意志の力をふりしぼる激しい戦いだ——わたしたちはつい、そう思い込みます。習慣を断ち切ろうと歯を食いしばり、もう一日だけ耐えられますようにと願う。けれども肉は頑固なものです。押さえつければ押さえつけるほど、いっそう強く押し返してくるように感じられます。

「わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない」 ガラテヤ人への手紙 5:16 (口語訳)

もっと高い道があります。聖霊のバプテスマを受け、日々異言によって祈りはじめた人たちに、しばしば不思議なことが起こります。依存していたものへの欲そのものが、いつのまにか跡形もなく消えているのです。

ニューヨークの街に生きた若者たちも、香港で薬物に縛られていた人たちも、証しは同じでした。御霊によって祈るうちに、薬や悪習への「どうしても要る」という叫びが去っていった。あの断ち切るときの地獄のような苦しみを通らずに、です。

なぜなら恵みとは、行いを直すことではなく、心そのものが造り変えられることだからです。「御霊によって歩く」とき、あなたは古いものと戦うことに力を使い果たしてはいません。新しいもので満たされているのです。光のただ中に立っている人が、闇を手放そうともがく必要はありません。

まことの自由とは、欲に打ち勝つ力ではありません。新しい慕い求めを与えられることです。