霊の戦いは、たいてい登り坂のように感じられます。
けれども聖書は、こう告げます。

「すなわち、立って真理の帯を腰にしめ、正義の胸当を胸につけ、」
エペソ人への手紙 6:14 (口語訳)

立つのです——うろたえるのではなく。
立つのです——力み返るのではなく。
立つのです——自分の力を作り直すのではなく。

パウロが (stēte) στῆτε — 「立て」という語を繰り返すのには、わけがあります。あなたの足もとは、まだ奪い合いの続く土地ではなく、すでに勝ち取られた土地だからです。口語訳の「立って」は、腰を据えて動かないという響きを持つ言葉です。

あなたは、癒しや自由や平安を勝ち取るために戦っているのではありません。
キリストがすでに確保してくださったものを手放さないために、立っているのです。

「しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。」
コリント人への第一の手紙 15:57 (口語訳)

敵のねらいは、あなたを勝利から遠ざけることではありません。
その勝利はまだあなたのものではない、とあなたに思い込ませることです。

けれども、勝利はもうあなたのものです。

信仰とは、いっそう激しく戦うことよりも、イエスが成し遂げてくださったその場所から一歩も動かないことなのです。