敵ではなく、みことばに心を向ける

ヨシュアがイスラエルの指導者として立ったとき、目の前に広がっていたのは、堅固な城壁と巨人たちの住む土地でした。しかも自然の障害は最悪の状態にありました。ヨルダン川は岸いっぱいにあふれていたのです。
多くの指導者なら、戦の段取りや城壁の厚さに心を奪われたことでしょう。けれども神がヨシュアにお与えになった戦略は、まるで違っていました。巨人を研究せよ、とは言われなかったのです。みことばを深く学べ、と言われました。
私たちはつい、問題を打ち破るには問題の専門家にならなければならない、と思い込みます。自分の人生に立ちはだかる「巨人」、(アナキム) עֲנָקִים — 「アナクびと」、口語訳では「アナクびと」と訳されているあの大男たちを、疲れ果てるまで分析し続けるのです。けれども人を変えるのは、恐ろしいものを見つめ続けることではありません。栄光を仰ぐことです。
神のみことばで心をいっぱいにするとき、あなたは現実から目をそらしているのではありません。より高い現実に、自分の錨を下ろしているのです。目指すところは、知識を積み上げることではありません。知識はただ人を高ぶらせるだけです。目指すところは、啓示です。
啓示は、人を岩のようにします。まわりの人が肌で感じ取れるほどの、揺るがない落ち着きが生まれます。その人たちは、なぜあなたが暗い部屋の中で光の球のように見えるのか、説明できないかもしれません。それでも、あなたが帯びている平安に、自然と引き寄せられていくのです。
敵の動きに、あなたの視線を決めさせてはなりません。神が語られたことに心を占めさせてください。成功は、その視線のあとについてきます。
勝利は、戦いを研究することよりも、司令官である主を知ることにあります。
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