神が七日目に休まれたのは、疲れ果てておられたからではありません。何ひとつ、やり残しがなかったからです。

創世記はこう記します。

「神は第七日にその作業を終えられた。……そのすべての作業を終って第七日に休まれた」
創世記 2:2-3 (口語訳)

そしてヘブル人への手紙には、こうあります。

「みわざは、世の基が置かれた時から、すでに成し終えられていた」
ヘブル人への手紙 4:3 (NKJV より私訳)

あなたが生まれるよりも前に、神はすでに整えておられました。あなたが踏み出す一歩一歩を、必要となるすべての備えを、注がれる恵みのひとつひとつを。
主イエスは、そのことを知って歩まれました。園での祈りの中で、主はこう言われます。

「わたしは、そのわざをなし終えました」
ヨハネによる福音書 17:4 (NKJV より私訳)

……まだ十字架にかかられる前に、です。

主は、すでに仕上がった絵を見つめ、その中へと足を踏み入れられました。

信仰とは、神がすでに完成してくださったことに、こちらが「はい」と心を合わせることです。

神がすでに終えてくださったものを、自分の手で終わらせようとするのをやめるとき、生き方は変わります。