わたしたちはつい、目に見える助けを探します。お金、食べ物、必要な物資。

けれども聖書は、まことの供給は霊の領域から始まると教えています。

イサクがヤコブを祝福したとき(長子エサウだと思い込んでいました)、こう宣言しました。

「どうか神が天の露と、地の肥えた所と、多くの穀物と、新しいぶどう酒とをあなたに賜わるように。」 創世記 27:28 (口語訳)

エサウは狩人でした。穀物も、ぶどう酒も、すでに手の中にありました。では、この祝福はいったい何だったのでしょうか。

それは、目に見えるものの奥にある、霊の実質だったのです。

神の供給は、しばしば「穀物、ぶどう酒、油」と語られます。

  • 穀物とぶどう酒は、聖餐を指し示します。イエスのからだと血です。
  • は、聖霊を指し示します。

これが「長子の祝福」です。キリストにある者に受け継がれる嗣業です。霊の現実(天の露)を受けているなら、目に見える現実(地の肥えた所)はその後からついてきます。

あくせくと力む必要はありません。主の霊の満ち足りの中に憩うとき、主がどれほど誠実に、目に見える実りをあなたの生活に添えてくださるかを、ご覧になってください。