わたしたちが死を恐れるのは、それを「終わり」と見ているからです。冷たい部屋、止まった心臓、意識の消失——思い描くのはそんな光景でしょう。けれども聖書は、まったく別の絵を見せます。わたしたちの体を、仮に張られた一つの幕屋にたとえるのです。

「わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。」 コリント人への第二の手紙 5:1 (NKJV より私訳)

信じる者の心臓が止まるとき、その人は消えてなくなるのではありません。暗い虚無に落ちるのでもありません。ただ、幕屋から外へ一歩、出て行くだけなのです。

あなたは霊であり、たましいを持ち、体の中に住んでいます。体は、地上にいる間に用いる仮の住まいにすぎません。そこを出たその瞬間、あなたはただちに主のみもとにいます。この世の限界も、痛みも、朽ちていく定めも、すべて後に置いて、完全な平安と喜びの中へと入って行くのです。

肉体の死は、家がこわれることではありません。住む者が、もっと良い住所へと移って行くだけのことです。