苦労は祝福に何も加えません

懸命に働けば、それだけ実を結ぶとは限りません。
ときに残るのは、疲れだけということもあります。
弟子たちは一晩中、漁をしました。
経験があり、腕があり、粘りもありました。
それでも、何も獲れませんでした。
聖書は、恵みを伴わない努力について正直です。
ここでいう悲しみとは、(エツェブ) עֶצֶב —「痛みを伴う労苦」を指します。満たすよりも、すり減らしていく労苦です。
神は、漁をやめなさいとは言われませんでした。
ただ、網を打つ場所を変えなさいと言われたのです。
祝福は、力みから流れ出るのではありません。
御心に自分を合わせるところから流れ出ます。
恵みは、働きを怠けさせるものではありません。
働きを実らせるものです。
正しいことを、まちがった姿勢で行うこともできます。
ありふれたことを、恵みの中から行うこともできます。
あなたをすり減らしているのは働きそのものではなく、恵みの外で働いていることかもしれません。
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