務めの前に、まじわりを

イエスは、正すことから始められませんでした。
つながることから始められました。
召しについての話をなさる前に…
失敗にお触れになる前に…
何かをお命じになる前に…
そこには、食事がありました。
恵みはいつも、まずまじわりを養います。
イエスは、「ペテロよ、申し開きをしなさい」とは言われませんでした。
ただ、「さあ」と招かれたのです。
回復とは、やり遂げるべき課題ではありません。
もう一度立ち返るべき、関係なのです。
聖書は、その順序をはっきりと示しています。
愛が先にあり、奉仕はその後に続きます。
居場所が先にあり、任される務めはその後に続きます。
回復より先に責任が置かれれば、そこに重荷が生まれます。
回復が先に置かれれば、そこから目的が流れ出します。
神は、まじわりを整えないまま、あなたに召しを手渡されることはありません。
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