あなたの口にある力

人は放っておいて、いのちの言葉を語るようにはできていません。私たちはごく気軽に、墓場の言葉づかいで自分の食欲を語ります。「腹が減って死にそうだ」と言い、答案を書き損じた学生は「終わった、もう死んだ」と言います。
たかが一食の食事、たかが一時の困りごとを、終わりを告げる言葉で語る。あまりに繰り返すものですから、異常なことがすっかり当たり前の顔をして座っています。
けれども神は、人の言葉が文字どおりの重さを持つように造られました。
聖書は信じる者を王と呼び、祭司と呼びます。王の言葉が行くところには、力がついていきます。神は生と死の権威を、ご自身の口にではなく、私たちの口に置かれたのです。
ダビデはこの定めを知っていました。ゴリアテの前に立ったとき、彼はただ石を投げたのではありません。まず結末を口にしたのです。おまえをどうするかを巨人に向かって言い切り、勝利は主が与えてくださると宣言しました。巨人は、自分の口の力を知っていた一人の少年の前に倒れました。
自分の境遇を語るのに、死の言葉を使うのはもうやめましょう。いのちを語るのです。
敗れた者の言葉づかいでは、王国を治めることはできません。
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