神に手を貸さなくていい

それは、いかにも立派な衝動に見えます。牛がつまずいた。神の箱が落ちようとしている。ウザは手を伸ばし、それを支えようとしました。
そして、彼は死にました。
なぜでしょうか。神が腹を立てられたのでしょうか。いいえ。ウザは、今日の私たちの多くが犯すのと同じ、致命的な思い違いをしていたのです。神は自分の助けを必要としている、と彼は思いました。神の栄光はもろく、人の力で支えてやらなければ倒れてしまう、と思ったのです。
ウザという名は、(ʿuzzāh) עֻזָּה — 「力」を意味します。人の力です。そして人の力は、神の栄光と混じり合うことができません。
オベデ・エドムと比べてみてください。ダビデは三か月のあいだ、神の箱をオベデ・エドム (ʿōḇēḏ ʾĕḏōm) עֹבֵד אֱדוֹם の家に預けました。彼は箱を担ごうとしませんでした。支えようともしませんでした。ただ、迎え入れたのです。
すると主は、オベデ・エドムとその家族のすべてを祝福されました。彼の手の触れるものはことごとく栄えました。畑も、家族も、健康も、あふれるばかりの祝福に包まれたのです。
ここから学ぶことは何でしょうか。あなたの人生において、神のみわざを支えようとするのをやめることです。心配と気負いで神を「手伝おう」とするのをやめることです。ただ、そのご臨在を宿してください。主イエスをあなたの家の中心に据えるなら、祝福はおのずと後からついてきます。
あなたが握りしめている手を放したとき、神の栄光はいささかも揺らがないことが分かります。
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